大多羅寄宮跡
 ●岡山藩の宗教政策
  藩主池田光政は、信奉する儒教による仁政を信仰面にも及ぼそうと、藩内の神社・寺院の整理淘汰や荒廃した由緒ある神社の復興を行う一方、神職(神社)による信仰調査を行ったり、禁止された宗教に対しては徹底的な対応を取りました。

●大多羅寄宮跡
 池田光政は、藩内11,125社の由緒を調べさせ、氏神と産土神(うぶすながみ)601社を除いた10,524社を廃祀し、71社の寄宮に合祀しました。その後、次代藩主池田綱政が、大多羅にあった句々廼馳(くぐのち)神社の境内を拡張し、傷んだ寄宮66社を合祀したものが大多羅寄宮です。
 寄宮には藩から毎年援助が行われていましたが、明治維新後にはそれも途絶えたため、現在は東西9間(約16m)、南北10間(約18m)の境内地と石垣を残すのみとなっています。


   




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